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「ヘッジファンド・マネジャー」の報酬体系

ヘッジファンド」とは、様々な運用手法を駆使して相場の下落局面でもプラスの収益を目指すファンドです。投資するにはいくつかコストがかかり、運用益が出た場合に支払う成果報酬も広い意味でのコストになります。今回は、ヘッジファンドを購入する際の判断材料にもなる「ヘッジファンド・マネジャーの報酬体系」について解説します。

 

運用資産残高に応じて徴収される「管理報酬」は経費f:id:tenshoku66:20230517203834j:image

まず、伝統的投資と同様に、運用資産残高に基づいて徴収されるのが管理報酬(マネジメント・フィー)である。契約資産残高(NAV=ネット・アセット・バリュー)に対して、1~2%に設定されるのが一般的で、通常は運用会社経営の経常経費に当てられる。
 注意を要するのは、この管理報酬とは別に、アドミニストレーターやトラスティーカストディアン、法律事務所や監査法人に対する実費が支払われるということである。こうした経費は、ファンドの直接経費として支出される。
 マネジャーの立場からは、この管理報酬で必要最低限の会社経費をまかなうことができれば、事業経営は安定する。

「成功報酬」は運用益に対して何%徴収される?

伝統的投資と異質なのが運用成果に対する報酬として徴収されるのが成功報酬(パフォーマンス・フィー)であり、これがヘッジファンド・マネジャーの大きなインセンティブとなる。インセンティブ・フィーと呼ばれることもある。
 一般的には、定められた一定期間(1年単位が標準的)に計上された運用益(NAV増価分)に対して10~20%が徴収される。f:id:tenshoku66:20230517203853j:image

この体系は、ヘッジファンド創始者であるA・W・ジョーンズが初めて導入したものとされているが、正確には、1930年代にバリュー投資の父ベン・グラハムが成功報酬を利用していたことも知られている。
 個人富裕層を中心とする従来のヘッジファンド投資家は、有能な運用者固有のスキルと良好なパフォーマンスの対価として、投資家の利益とも一致するインセンティブに裏打ちされたこの体系を広く支持してきたのである。
 続いて、成功報酬の計算方法について解説する。

「ハイ・ウォーター・マーク方式」は全体の75%が採用

成功報酬を計算する際、何をもって成功と定義するのかは重要な論点だ。投資家が期待する目的やヘッジファンドの運用スタイルも異なるから、事前に決めておく必要がある。
 ハイ・ウォーター・マーク方式とは、ファンドのNAVが過去のピークを上回った部分についてのみ、成果として認識し、成功報酬を払う方式だ。逆にいえば、100のNAVで資金を預かったファンド・マネジャーが初年度で損失を出し、NAVは90に減少したとしよう。とすれば、2年目に利益を上げたとしても、100を超えた部分にのみ、初めて成功報酬が課されることになる。f:id:tenshoku66:20230517203916j:image

この方式は、ヘッジファンド業界で広く支持され、全体の75%以上で採用されているとの統計もある。ヘッジファンド・マネジャーにとって、成功報酬がリスク・テイクのインセンティブである以上、制約がない場合、より大きなリスクをとって大きなリターンを上げようとするインセンティブが働きやすい。
 たとえば、NAV100で預かった資金に対して、3ヵ月ごとに成功報酬が支払われるとしよう。3期連続で10%の損失が出続けてNAVが72.9になったとしても、同じ運用を続けて4期目に30%の利益を上げてNAVが94.77になると、マネジャーは利益の20%相当の4.374を受け取ってしまうことになる。
 わかりやすく言えば、投資家としては、当初預けた資産の元本を大きく割り込んでいるにもかかわらず、多額の成功報酬を支払うことになってしまう。
 そこで、このような問題を避けて、投資家とマネジャーの利害関係が矛盾しないように、投資家が獲得した利益をシェアする場合に限り、20%という魅力的な配分を行う方法がハイ・ウォーター・マークである。


「ハードル・レート方式」は特定の指標が基準となる

なかには、投資元本を上回っただけでは満足しない投資家も存在する。そこで、ある一定の期待レートを客観的に定義し、それを上回った部分に対して成功報酬を支払うとするのがハードル・レート方式である。
 ハードル・レートは、その設定が難しい。その多くは、マネジャーがベンチマークとして意識しているものを利用しており、たとえば、3ヵ月LIBOR政府短期証券のクーポン等、無リスク金利を使う場合が多い。
 逆に、ケースとしては多くないが、年4%など絶対金利をハードルとして設定する例もある。たとえば特定投資家の専用ファンドとして組成する場合には、マネジャーと投資家の協議によって、取り決めることが可能である。
 ハードル・レートを導入しているのは、ヘッジファンド全体で10%程度とみられるが、ハイ・ウォーター・マークとともに、ヘッジファンド業界固有の概念であるために、理解しておく必要がある。f:id:tenshoku66:20230517203940j:image

マネジャーは、自らの運用戦略に照らして適当かつインセンティブを極大化できる手法を導入すべきである。さらに、マネジャー側の努力だけではなく、投資家もマネジャーの能力を最大限に発揮し、期待に応えてもらうために効果的な仕組みとして成功報酬を理解するべきである。
 また、トラックレコードをチェックする場合、成功報酬を含めたコストを控除してあるのか、あるいは控除していないかにより、投資家にとってのネット・パフォーマンスは大きな違いがある。
 実際に計算をしてみると、1%〜20%の報酬で、年10%の利益を上げた場合、マネジャーの受け取る報酬は年2.8%、投資家の受け取るネット・リターンは7.2%となる。ファンドのマーケティング資料等に掲載してある実績が、こうしたコストを控除してあるのかどうか、十分確認する必要がある。

「運用者の利益」と「投資家の利益」のバランスが重要

これまで見てきたように、ヘッジファンドの事業モデルにとって、成功報酬のインパクトは大きい。直観的に理解できる通り、投資家にリターンをもたらしたときに大きな報酬を得ることのできる成功報酬は、投資家利益と運用者利益のベクトルを一致させる仕組みである。
 その一方、損失が生じた場合は投資家のみに帰属する点は、あたかもオプションのようなペイオフ(損益構造)を内包しており、公平でないとの見方もある。また、一度大きな累積ドローダウンを出してHWMから沈んでしまい、それを回復するのが困難な状況になると、運用者のモチベーションを阻喪する可能性がある。
 優秀な人材の流出を招いたり、極端な場合には投資家に負担を強いる形でファンドを清算したうえで、フラットなHWMから新ファンドを立ち上げなおすこともあるので、留意する必要がある。
 運用会社の経営という観点からみると、成功報酬にはもうひとつ隠れた意義がある。
 伝統的運用会社が成長するためには、管理報酬増大をもたらす運用資産拡大を目指すことになる。日本の運用業界を例にとるまでもなく、運用パフォーマンスよりも運用規模の拡大(ファンド・レイジング)が志向される傾向がある。“いかにリターンを上げるか”よりも“いかに資金を集めるか”というセル・サイドの観点が重視されがちだ。
 一方、成功報酬の営業が大きいヘッジファンドの場合、成功報酬の原資となるリターンを持続的に計上するには、運用規模を適切に管理する必要がある。運用キャパシティを超えるとプラス・リターンを上げにくくなるばかりか、大きなドローダウンを喫するリスクもあるため、運用者は自らの戦略に適した相応の運用規模を強く意識するようになる。
 運用パフォーマンスを維持し、投資家の資本を守るためのビルトイン・スタビライザーが成功報酬という仕組みなのである。